連載小説「午後の点灯式」(第30回)

その日その時①
 「わたしと水さんの関係は商品の注目度と重なって、業界ではある程度有名でした。K社が発売を開始した以上、一社にだけ肩入れすることは専門紙としての立場上出来ません。今後はK社に配慮しながら水さんの社と関わっていくことになります。わたしの話を聞いて、どんな顔をしたのかなと、水さんが生きていたら―」
 「水宮は沢木田さんから何を言われても動じなかったと思います。信頼しきっていましたから。きっと水宮の方でうまく考えて、同じように沢木田さんをつかまえてお家に招いていたと思います。そういうところに頭を使うのはとてもうまい人だとわたくし思っています」
 水宮なら紗代子の言うように、あの人なつっこい笑みを浮かべてそうしたかもしれないと、ふと沢木田も懐かしいもでも思い出すように、水宮の顔を思い浮かべていた。
 「沢木田さんは心配症なところがおありですね」
 言うと紗代子は水宮との話題を変えるように、表情を改めながら、
 「母から昨晩電話がありまして、嬉しそうにして沢木田さんは嫌いな食べ物はあるのと聞くので、わたくし何でも食べると答えましたが、宜しかったかしら?」
 と、言ってはいけないことでも話したような面持ちで沢木田の眼を見詰めた。
 「ええ、何でも食べます」
 「あら、わたくし大変失礼な言い方をしていますね。何でも食べるなんて、ごめんなさい」
 「いえ、謝ることなんてありません。本当に何でも食べますから」
 沢木田が笑うと、紗代子も釣られるように微笑んだ。
 ワイングラスを口に寄せながら沢木田は、紗代子と秋田行きを約束した日までの残りの日数を数えていた。


 ゴールデンウイークを前にして、午後三時過ぎには取材で外に出ていた二、三人の部員も社に戻り、社内には珍しく全社員が姿を揃えていた。新聞の五月五日号は例年休刊日で、隔月刊の雑誌も六月発行までにはまだ編集にも余裕があり、各部員とものんびり軽い作業に手を染めていた。
 沢木田も急ぐ仕事もなく、椅子に座ってカレンダーを睨みながら連休明けの出張計画と、解決してしまわなければならない京子との関係など所在なく思いめぐらしていた。
 かおりがいつ来たのか沢木田のデスク前に立っていた。
 「部長、昨晩ですけど、明日の点灯式の広告塔の撮影の下見で新宿に出た時、アルタ前の交差点で水宮さんの奥さんから声をかけられました。奥さん、Kデパートに勤めているのですって」

(つづく)