連載小説「午後の点灯式」(第29回)

ニュースリリース③
 沢木田は悪びれずに言い、少し申し訳なさそうに笑うと、これから夕食一緒にいいですかと誘った。
 紗代子は僅かに顎を引いて、こくりと頷くと、
「わたし沢木田さんにご案内したいお店があるんです。イタリアンぽいところですが、そこでも宜しい?」
 と、沢木田の眼を覗き込むように小首を傾けて言った。
 「はい、そこにしましょう」
 今度は紗代子の後ろを沢木田が十歩遅れて付いて行った。
 店はさほど遠くなく十分程で着いた。二人のカップルが七、八組占めると満席になる小体な店内だったが、一つのテーブルに周囲の空間が広く取られ、ゆっくり落ち着いて談笑できる雰囲気があった。沢木田は紗代子と会うなら毎回でもこの店でいいと思った。その思いは彼女にも通じたらしく、
 「沢木田さんにもこのお店、気に入ってもらったみたいですね」
 と微笑みを浮かべ、注文はわたくしに任せて下さいとメニューを手に取りながら、
 「実はこのお店で昨年の夏、職場の上司に誘惑されそうになりました」
 と、生真面目な表情で言った。
 沢木田がちょっとびっくりしたような顔をすると、
 「わたしはその時、本気で怒ってぴしゃりとやっつけてしまいました。その上司も今は違う部署に移って会うことはありませんが、お店だけは使わせて頂いています」
 言い終わると紗代子は、
 「わたし、ちゃっかりしてますでしょう」
 と、今度はいかにも可笑しそうに笑った。
 聞きながら紗代子が本気で怒ったら、どんな風になるのだろうと、沢木田は全く想像ができなかった。
 「これを読んで下さい」
 沢木田はバックからリリースを出して彼女に渡した。
 二枚のリリースを読み終わると、紗代子は顔を上げて、
 「水宮が沢木田さんの力を借りて販売していた商品と同じものですね」
 「そうです。全く同じ競合品です。うちの新聞の次の号に掲載されます」
 紗代子は一度またリリースに眼を落すと、小首を前に軽く傾け、頷きつつリリースを沢木田の手に返し、
 「今度沢木田さんはこの会社にも協力しなければならないのですね」
 と、表情を幾らか硬くして言った。
 「水さんが生きていたら、これまでと同様な付き合いは出来なくなる、きっとわたしはそんな話しをしていたでしょう」
 「・・・」     (つづく)