連載小説「午後の点灯式」(第22回)

情報の守秘と開示②
 
 城川の声はいかにも嬉しそうに弾んでいた。碁の方は沢木田も先代の社長に教わり、今ではアマチュア三段程度の腕前になっていたが、城川には三目置いてもなかなか勝たせてもらえなかった。
 携帯を切り胸ポケットにしまうと、沢木田は城川からの頼まれ事が一先ず無事に済んだことに安堵した。 
 「城川さんの独立の話、その後順調に進んでいるようですね」
 「そうだな、ところで志麻君、肝心の君の話を聞こう」
 かおりは沢木田の前に幾らか身を乗り出すように姿勢を変えると、今日の午後、二月号の広告の打ち合わせに会社訪問した際、部長の進言で水宮さんの後任に昇格した戸山課長から聞いた話と、彼女は少し声を落として言った。
 「戸山さんは最近、大阪の帆布メーカーのK社が、グラスファイバー製の強化繊維を戸山さんの会社と競合関係にある化学品メーカーのR社に大量発注したとの情報を得たと言うんです。それで沢木田部長から何か聞かされていることはありますかとわたしに尋ねるのです」
 かおりは水宮がいた会社の取材及び広告専任者として、沢木田の顔を真剣な表情で見詰めた。
 水宮が可愛がり、自分の右腕のように頼っていただけのことはあると、沢木田は戸山の持つ情報網に感心しながらかおりの話を聞いていた。
 「わたしはK社の人間は誰も知りません。部長は確かK社の常務と・・・、わたし、名前は忘れました」
 「そうだ、大阪では何度か一緒に酒を飲んでいる。ついこの間も東京で会ったよ」
 「何か言ってました?」
 「いや、特別何もなかった」
 沢木田の守秘は徹底していた。かおりの取材記者としての能力と口の堅さ、人間性を沢木田は十分信頼していたが、当該企業からの正式な発表がない限り、いかなる場合も社内の仲間さえ、密かに進められている新製品情報は一切明らかにしなかった。沢木田は新聞部の部長として力をつけ始めた三十になる前の時期から、業界の多くの材料メーカーとの関りが増え、それらの企業の同じ類の商材は当然ながら競合関係にあった。狭い業界内にあって、沢木田が等間隔で様々な企業間を自由に取材と営業活動が出来るのは、こうした固くななまでの守秘姿勢にあった。
 「しかし志麻君、戸山君の情報は極めて興味深いな。いい話を知らせてくれた。内々で調べてみるよ。何か分かったら君に一番に知らせる」
 「部長、あれだけ勢い良く売れている材料です。他のメーカーが競合のFFシート材を新たに市場に出してきても、ちっとも不思議ではないですね」
 かおりの言葉に沢木田は深く頷きながら、梶村と早めに会う段取りを考えていた。(つづく)