連載小説「午後の点灯式」(第20回)

二人だけの新年会④

 沢木田は思い出していた。電話に出た紗代子の声は暗く、沢木田の問いかけにも押し黙ったまま、聞こえるか聞こえないかのように小さく返事をするばかりで、沢木田もまた不安を覚えて、怒鳴るような大声で駄目だよ、駄目だ、そんなんじゃ駄目だと、やたらに駄目だの言葉を連発して紗代子を叱りつけていた。そして沢木田は、これからそちらに向かってもいいが、慌てて行って自動車事故にでも遭い、私が怪我したり死んだりしたら誰が責任を取るんです、奥さんも悲しむでしょうと言うと、受話器の奥から紗代子の泣き笑いのような微かな笑い声が洩れてきた。

 「沢木田さんは大変な剣幕で、電話口でわたしに大声を張り上げてました。わたしは本当に沢木田さんにケチョンケチョンに怒られぱっなしでした。わたしは親にだってあんなに怒鳴られたことはありませんでした」
 「そんなにひどいこと言いましたか・・・。あまり覚えていません」
 沢木田は苦笑すると、自分と紗代子のグラスにワインを注いだ。
 「そして翌日から五日間、毎日訪ねて頂いて今のわたしがいます。わたしは監視者に恵まれました。沢木田さんと言う監視者に。沢木田さんはこれからどうなされるのでしょう」
 紗代子の問いかけの意味を直ぐには咀嚼できず、沢木田は彼女の顔に訝し気な視線を送った。
 紗代子は湯気立つ鍋から、具材をお玉で小鉢に取り分け、沢木田の前のテーブル置くと、
 「沢木田さん、もし御迷惑でなかったら御一緒しません、秋田に」 
 と言った。 
 「迷惑なんてことはありません」
 「わたし、計画を立てても宜しいかしら。母とも相談して決めます。五月の連休は沢木田さん何か予定が入ってますか?」
 「何もありません」
 「では宜しい?、わたくしと秋田にご一緒して下さいます?」
 紗代子は小首を傾け、沢木田の眼に瞳を凝らすように言った。
 沢木田は彼女の言葉に剣でも突き付けられたような重い思いを感じ取っていた。待って欲しい、少し時間を欲しいなどの言葉が発せない、紗代子からの、眼には見えない圧力のようなものが、不快感のない形で沢木田の心を締め付けていた。
 「わかりました。行きましょう」
 言ってから、沢木田はそう答えている自分の声に初めて気が付く思いがあった。
 「明日母に連絡します。喜ぶと思います母も。あら、ワイン空いちゃいました。せっかく沢木田さんに頂いたワインですけど、もう一本開けちゃいましょう、秋田行きの御一緒を祝って」 (つづく)