連載小説「午後の点灯式」(第19回)

二人だけの新年会③

 

 二つのワイングラスに注がれた透明な液体は微かに琥珀を帯びた清涼感あった。彼女はグラスを持ち一口飲むと、
 「沢木田さん、このシャブリは高かったでしょう」
と言った。
 彼がこれまで購入したワインでは一番高価なものだったが、
 「そうでもありません。でもいいワインで良かった」
 沢木田も飲みながら旨いと思った。和食を中心にした今日の紗代子の料理をこのワインは一段と引き上げてくれるようだった。
 きりたんぽが入った鍋に火が付けられた。
 「比内地鶏って知ってます?」
 「聞いたことはあります。食べたことはないと思いますが」
 「一番有名と言ってもいい秋田名物の鶏です。この鍋に入っています。それはもうすごい出汁が出ます。これも母が沢木田さんに是非食べてもらってと持たされたものです」
 紗代子の言葉を聞きながら沢木田は、一体彼女は自分のことを母親にどう話しているのだろうかと気になったが、それを聞く代わりに沢木田は、秋田市内で若い女性を一人使って、紗代子が高校を受験する頃に始めたという、その洋品店を営む母親の店の経営状態を聞いた。
 「まあまあのようです。一人の女性に給料を払いながら母親もそこそこの収入があるようで、それに父親も多少の財産を残してくれたみたいで、生活には心配ありません」
 「そう、よかった。お母さんも元気そうだし、さよちゃんも安心だね」
 「ええ、本当に。沢木田さんは秋田には行ったことがあります?」
 「秋田はまだないです」
 「母が帰りがけに言うんです。沢木田さんを秋田にご案内したらと。三回忌前の五月の連休頃は秋田も季節がいいからお誘いしなさいと。母も一度沢木田さんにゆっくりお礼を申し上げたいみたいです」
 紗代子は沢木田の反応を窺うように、大きな瞳を少し細めると表情を笑顔に変えた。
 「お母さんにお礼を言われるような大層なこと何もしてません。でも秋田の街は見てみたいな」
 「沢木田さんはそうおっしゃいますけど、わたしがこうして今元気にしていられるのは沢木田さんがお気にかけてくれたからです。あの日沢木田さんに泊まって頂き、それから五日間、毎晩訪ねて頂きました。沢木田さんに泊まって頂いた翌日の日曜日はわたしは一人でした。沢木田さんから夕方電話を頂くまで、わたしはこの椅子に朝から座って、恐ろしい思いに取りつかれてました。そして、それを実行するよりほかに道がないと思い詰めた時に沢木田さんから電話を頂きました」 (つづく)