連載小説「午後の点灯式」(第17回)

二人だけの新年会①

  そうかといって復縁を望んでいるようでもなく、沢木田の思い通りにだけはさせたくないといった意地だけが京子の表情には見え隠れしていた。

 マフラーとコートを手に取り、今日の日のお土産用に買って置いた二本の白ワインを手提げの紙袋に入れてアパートを出た。

 鷺宮の駅から歩きながら、葬儀の後の、あの奇妙な五日間の訪問以来となる彼女の家で、沢木田は二人だけの時間をどう過ごせばよいのか考えあぐねていた。

 前にもそうしていたように、アルコールを控えめにして、九時になったら迷わず帰ろうと決めると心が少しだけ楽になった。

 インターホンを押し、沢木田ですと名乗ると、紗代子の、はーいと言う間延びした返事が聞こえ、数秒後にドアが開いた。

 紗代子は白いトックリセーターとブルーのスラックスの上に割烹着を身に着けていた。水宮に連れられ、初めて姿を眼にした彼女の清らかな印象が沢木田の脳裏に瞬時に蘇ってきた。

 「遠慮なくお呼ばれに来ました」

 「お待ちしておりました。昨年中は大変お世話になりました」

 廊下に立ち折り目正しく紗代子は頭を下げると、さあどうぞ上がって下さいと沢木田の手を取らんばかりの表情で、彼女は廊下の壁に身体を寄せて沢木田を先にリビングに通した。

 「奥さん」

 「沢木田さん、もう、また・・・」

 紗代子は沢木田に笑みを送りながら睨んだ。

 「あっ、そうでしたね。さよちゃん」

 と言いなして、沢木田は仏壇の水宮の位牌に手を合わせ、線香をあげたいことを告げると、襖が開けられたままになっている隣の六畳間に入って行った。紗代子は水宮が亡くなって半年が過ぎた頃から、沢木田が奥さんと呼びかけると、もう私は誰の奥さんでもありません、名前で呼んで下さいと彼女は声音を改めて沢木田に願い出るように言った。沢木田は、奥さんから、さよちゃんと呼びかけるのには、今でも多少の抵抗があった。

 沢木田は手提げの紙袋ごと紗代子に渡し、ジャケットの胸ポケットから忘れ物の万年筆を返した。

 「あら、ずっと探していたんですけど、あのお店に忘れたんですね。わたしって本当にそそっかしいところがありますの」

 「僕も直ぐに電話すればよかったですが忘れてました」

 いいんです、そんなことと紗代子は言うと、さあ始めましょうと瓶ビールの栓を抜き、沢木田のグラスに注いだ。彼女の手から瓶ビールを自分の手に移し、紗代子のグラスに注ぎながら、テーブルに並べられた料理と鍋を見て沢木田は言った。

 「随分また豪勢なご馳走ですね、食べきれませんよ」

(つづく)