連載小説「午後の点灯式」(第16回)

新たな競合会社②

  「遅ればせながらだが、うちも春には参入したいと考えている。あのメーカーには本当に一本取られたね。うちの専売特許の帆布を全く新しい看板材料に変えた。あの発想力にはうちの研究不足もさることながら正直頭が下がった。調べたら繊維を織り込むだけの商品だから、特許が降りるような代物じゃない。本来なら真っ先にうちが開発しなければならない商品だった。二番手にはなるがうちの専門領域の技術力を駆使して、商品のクオリティーを上げたいと思っている。沢木田さん、あんたがあの会社にどれだけ協力しているかは今では業界でも知らない人はいない有名な話だ。でも今度はうちに協力して貰いたい。あんたのいつもの口癖が実現になるのだから、わたしも嬉しく思うし、貴方もそう思って是非協力をお願いしたい」

 梶村はこれで話したいことをすべて伝えたといった面持ちで、背を反らすとソファーに深く体を沈めた。

 沢木田の口癖まで持ち出して有無を言わせず、自分の言葉に従わせようとする梶村の言葉にはそれなりの説得力があり、沢木田も思わず苦笑せざるを得なかった。沢木田の口癖とは、どんな特殊な看板材料でも一社だけが独占販売するのは良くない。同じような材料を三社位が競合して販売し、製作業者がその三社のどこからでも購入できるのが理想だ。その方がサービスの質も向上し、価格も低い方に落ち着いていく。沢木田は材料メーカーや販社の担当者と同席した際、必ず忘れず同じ言葉で語った。専門紙の立場として、沢木田の社は業界を守る立場にあり、購読者の八割もまたそうした全国に散らばる中小の看板製作業者だったから、沢木田の言葉は当然といえば当然すぎる言葉でもあった。

 「梶村さん、できる限りの応援はさせてもらいますが、あの社の情報だけは一切出せませんよ。それだけは了承して下さい」

 「沢木田さん、そんなことわかっているがね。あんたの口が堅いのは先刻承知している。だからうちの開発メンバーもまだ数人しか知らないそのサンプルをあんたに見せている。うちが正式に販売を発表するまで沢木田さんはどこにも喋らないことを知っているからね。発表の時はあの社の時より大きく新聞に書いてもらいたいね」

 言うと梶村は、今のは冗談だがと笑い、席を立つとサンプルを元に戻し、仕事の話はこれで終わりとばかりに沢木田を促し夕食に誘った。

 

 年の明けた仕事始めから沢木田は、自ら望んだとはいえ例年になく慌ただしく過ごしていた。紗代子と約束した金曜日には早めに社を出て、一度アパートに帰った。久しぶりにゆっくり湯船に浸かり、京子との離婚をどう成立させたものか沢木田は思い沈んでいた。家のローンはまだ半分残っていたが、一切を京子に渡す条件でいざ離婚を申し出ると彼女は首を縦に振らなかった。(つづく)