連載小説「午後の点灯式」(第14回)

触れ合う心②

   この夜の紗代子との会話は沢木田に携帯電話を持つ決断をさせた。二年前から職場の編集と営業の全部員が携帯を所持していたが、沢木田だけはポケベルを使用していた。社の部下や取引先からも携帯を早く持つよう盛んに勧められたが、何故か彼は日常の総てが束縛されるようで、携帯の所持を先延ばしに伸ばしていた。あの夜、紗代子はポケベルには仕事の要件でもないのに電話を頂くことを強要するようでかけにくく、会社に度々電話をされるのはお嫌でしょうと言い、自分もかけにくいのでと携帯を持つことを、彼女もまた強く勧めたのだった。その携帯に新年が明けた正月の三日の昼過ぎに紗代子からメールが入っていた。

 昨年のクリスマスの夜、先刻城川と酒を飲んでいた沢木田が懇意にしている社の近くの料理店で、来年の水宮の三回忌の相談を受けながら紗代子とその年最後の夕食をした。彼女は暮れの三十日の午前中の新幹線で秋田に帰郷し、母親孝行と五年前に病死した父の位牌に手を合わせに行って来ると言い、帰京の日をメールで知らせると言って帰って行った。 城川と別れた帰り道の電車の中で沢木田は再び紗代子からのメールに眼を通した。四日の夜遅く帰京すること、母親からお土産を沢山持たされ、その中にはきりたんぽもあるので、温かい鍋にして一緒に食べたく、来週の都合がつく曜日を知らせて欲しい、母親が宜しく伝えてとのこと、などが書かれていた。沢木田は日が決まったら連絡すると返信し、訪問日を決めかねていた。

 水宮の三回忌を紗代子は、納骨式と同じく近親者を呼ばずに沢木田と二人で行う意向を示していた。九州大分の別府に住む水宮の両親が遠方であることや、自分の母親も秋田で近くないことが主な理由だった。沢木田は相談を受けながら、考え頷きつつも同意の即答が出来なかった。昨年の秋以来、紗代子との距離の近さに、沢木田は戸惑う日々を過ごしていた。その戸惑う沢木田の心の中に、紗代子に惹かれていく小さな芽が育ち始めていた。紗代子が与える微かな甘えと、彼女からの寄り添うような微笑みが沢木田の心に種子となって蒔かれ、それがごく自然に芽吹いたものだった。納骨式の時には、ある種義務的に、感情を鎮めたまま臨むことができたが、三回忌の席に沢木田は紗代子と二人きりで並んで、水宮の位牌と遺影を前に無心でいられるか不安な気持ちだった。胸の中に芽吹いた紗代子への思いを、沢木田は芽のまま摘み枯らすことができるならそうしたかった。会わずに言葉を交わすことがなければと、ふとそんな思いさえ持つこともあったが、直ぐに我に返るように、到底不可能なことと沢木田は軽く左右に頭を振った。

 その週の週末までの二日間を挨拶回りと来客の応対で過ごし、社からの帰り道、夕食がてらに寄った高円寺の行きつけの居酒屋から沢木田は紗代子にメールを送った。

(つづく)