連載小説「午後の点灯式」(第13回)

触れ合う心①

   沢木田は狭い業界内での紗代子とのあらぬ噂が立つことを、彼女と水宮のためにも怖れていた。それでも月一回は電話で様子を聞くなど、彼女からの水宮の遺品の整理の頼み事で会わなければならない時は、沢木田の会社がある高田馬場駅で待ち合わせて紗代子と夕食を共にした。

 水宮の死から一年が過ぎたその年の八月中旬の盆明けから、沢木田はまた仕事が増え始めていた。国内出張の合間に水宮が所属していた親会社の役員からのお礼の接待を受け、その際沢木田は、水宮亡き後の後任責任担当者の重要性を訴え、他部署から来た現担当者のD部長の配置換えを求めて水宮の下で三年間販売に従事した戸山係長の昇格を進言した。これがさほど日を待たずに沢木田の言葉通りに行われると、業界内でちょっとした噂になった。やりすぎだとの多少の誹りの言葉に交じって、沢木田の思いを弁護するような電話もかかったりしてきた。彼はそれらの声をよそに、丁度その頃外資企業から依頼を受けていた顎脚付きの海外取材出張に一週間の予定で発った。取材と観光を終えてバルセロナから帰国した数日後、紗代子から彼女が勤めるKデパートの最上階の和食料理店に招待を受けた。

 その日の夕方、沢木田はバルセロナの空港で買った十五センチ程の小さな白熊の縫いぐるみのお土産を持って、数か月振りに紗代子と会い食事した。

 白ワインのボトルが一本空く頃、紗代子は沢木田の眼を覗き込むようにして、ふと悲しみとも怒りとも取れる複雑な表情を浮かべると、

 「沢木田さんは、最近全くわたくしを監視してくれませんのね」

 と、少し彼女には珍しく蓮っ葉な口調で言った。

 「たまには監視してくれませんと、今わたしが孤独死したら、一番悲しむのはきっと沢木田さんだと思います」

 紗代子は怒ってでもいるかのようにきっぱりとした口調で言った、

 「それは悲しみますよ。でもどうして僕が一番だと思うのです」

 「どうしてもわたしそう思うんです。この事はわたくし間違ってないと思います。そう思ってはいけないでしょうか」

 生真面目な表情に変え、人にものを問う時の癖の、首を右に軽く傾けて言った。

 「どちらにしても孤独死は困る。誰だって悲しみますよ」

 「わたしは沢木田さんにもう少ししっかり監視して頂きたいのです」

 「―わかりました。そうしましょう」

 沢木田は紗代子の黒い大きな瞳に見詰められると、そう答えること意外、彼女に答える言葉がないような思いで答えていた。

 紗代子は頬を緩め、約束ですよと念を押すように言って微笑んだ。(つづく)