連載小説「午後の点灯式」(第12回)

奇妙な日常②

   しかし妻以外に心を寄せていることに変わりはなく、その件に後ろめたい思いを持たずにいられることが、不誠実なところと言えればまた、異性に気の多い、遊び人と他者の眼には映ってしまうような、誹られそうな、そんな一面を、その頃の沢木田は確かに身に漂わせていた。そのA子が大学を卒業し、神戸の両親の元に戻って沢木田の前から姿を消して一か月が過ぎようとした頃、沢木田は憑き物でも落ちたかのように、打って変わって仕事に邁進し始めた。人変わりでもしたように、それまでのスナック通いも止めて、ひたすら社の売り上げを上げることに専念していった。

 それからの職場での沢木田の日々の行動は、誰もが、声こそ出さなかったが驚き顔で見ていた。新聞記者というより営業マンに変身したかのように、材料メーカーと販社廻りを精力的にこなしていった。数年後、沢木田が取締役に就くと、にわかに仕事量も増え責任の重さも増す中で、広告の出稿量が増えるのと比例するように、普段の日でも彼の夜の接待は急激に多くなっていた。年末の忘年会シーズンを迎えると、沢木田は十一月の二十日過ぎからクリスマスを超える翌週まで毎週三日平均で顧客との接待を続けていた。京子は夫の帰宅の遅さに更なる悋気の炎を燃やすかのように、沢木田をなじる声を強めて行った。言い訳を諦めると沢木田は、家のローンの支払いと生活費の一部を入れることを京子に告げ家を出た。二人には子供がいなかった。京子は自分の仕事に情熱を傾けると同時に、生け花の師範として名を極める思いを募らせ、子供を欲しがらなかった。

 沢木田はこうした一切の事を語らず紗代子と接していた。五日間にわたる沢木田の奇妙な訪問は、監視者と一方の監視される側が食事を作って待つという、沢木田が九時きっかりに家から辞去することを除けば、一見夫を待つ妻の構図と変わりのないものだった。監視者も監視される者も互いに監視という言葉を巧みに避けながら、二人は水宮の死を受け止め、生活者として今後の日常を取り戻さなければならないことを、短い時間毎日言葉少なに語り合った。沢木田が辞した後の紗代子の心を包む寂寥感は、沢木田の想像をはるかに超えるものだったが、それでも彼女は沢木田との約束を守り、翌週の月曜から、かって水宮と初めて会い言葉を交わした、新宿駅に近いKデパートの五階の時計売り場に職場復帰を果たした。

 

 

 東京に親戚縁者がなく、頼れる人間がいないという紗代子に沢木田は、水宮の死の直後こそ、紗代子の表情やその時々の仕草が醸し出す線の細さに不安を覚えて彼女の側に身を置いていたが、その後は一年近く、必要以上に紗代子に会うことを避けるように努めてきた。(つづく)