連載小説「午後の点灯式」(第10回)

「訃報と葬儀②」

    身内と近親者に沢木田とかおりも交じり、火葬場から車で戻ると、葬儀場内の一室で日を早めた繰り上げの初七日法要が行われ、滞りなくすべての行事が済むと、紗代子に皆一言二言声をかけて帰宅の途についた。彼女の母親も今晩一晩だけ鷺宮の家に泊まり、明日には秋田市内の実家に帰ることを伝えていた。沢木田にはまだ紗代子といくつかの打ち合わせと確認しなければならない仕事が残っていたが、明日の事と葬儀場を後にし、かおりの労をねぎらうため鷺宮の駅の近くで早めの夕食を共にした。

 翌日の夕方六時過ぎに沢木田は紗代子の家を訪ねた。取引会社からの高額な香典返しの打ち合わせや、葬儀業者への支払いの確認などを彼女と行い、残している問題がないことを確かめると、何かあったらいつでも電話をくれるように言い、帰り支度をして廊下を渡り玄関に立った。革靴に足入れようとした時だった。

 「沢木田さん・・・」

 振り返るとこの数日間、沢木田に一度も涙を見せることもなく気丈に振舞っていた紗代子の眼から大粒の涙がぽろぽろと落ちていた。そして、絞り出すような細い声で、

 「わたし、駄目かもしれません・・・」

 と言うと、沢木田と初めて対面し、三つ指をついて挨拶したと同じ床に、今は身を崩すようにしゃがみこみ、彼女は顔を伏せ嗚咽を漏らしていた。

 沢木田は紗代子の肩に手を置き、暫く無言で廊下の白い壁を見るともなく眺めていた。儚く脆い壊れそうな生き物に触れている思いがあった。通夜、葬儀で硬く唇を結び、時には知り合いの弔問客に柔らかな笑みを浮かべ、誰の眼からもしっかり者の喪主として見えていた姿はどこにもなかった。沢木田は悲しみに震える紗代子の上半身を両腕で包みこむようにして立たせ、リビングに連れ戻して座らせた。

 「すみません、見苦しい姿をお見せし・・・」

 彼女は椅子から立ち上がると頭を下げ、軽く唇をかんだ。黒い大きな瞳からはなおも涙が溢れていた。沢木田は首を横に振り、頷くと彼女の袖に手を添えて座らせた。かける言葉がみつからず、代わりに彼の口から出たのは、奥さん、ビールがあったら頂きたいのですがという、アルコールを所望する言葉だった。紗代子は、えっと涙に濡れた眼で驚きの表情を取ると、おビールですねと言われた言葉を反芻し、沢木田もまた自分の言葉に驚きつつ、お願いしますと答えていた。紗代子は涙をハンカチで拭い、気を取り直したように腰を上げると、台所に向かってビールのほかワイン、四合瓶の日本酒、ウイスキーまでを一抱えにして持ってきた。そして台所に戻り、暫くすると、有り合わせのものでつまみを作り、大皿の上に飾り並べて持ってきた。さあ、沢木田さん、二人で宴会を始めましょう、そんな言葉が今紗代子の口から出ても、何ら不自然さのない、不思議な時間が生まれていた。(つづく)