連載小説「午後の点灯式」(第9回)

「訃報と葬儀①」

   沢木田の問いかけに水宮は昨年末頃から時々腹部と腰に痛みが走ることがあったと答え、沢木田の早く一度病院で診てもらうようにと促す言葉に、水宮もその場では頷いていたが、実際に病院に行ったのは、自宅で紗代子に見咎められて彼女の付き添いのもと、四月に入ってからだった。その後、水宮からも連絡はなく、沢木田は地方出張を重ねるなど多忙な毎日を送っていた。

 沢木田が定宿にしている出張先の大阪の淀屋橋のホテルに紗代子から電話が入ったのは、階下のレストランで朝食を食べようとドアノブに手を掛け部屋を出ようとしていた時だった。彼女は消え入るような細い声で、突然の電話を謝り、水宮が昨夜倒れて救急車で搬送されたこと、今もまだ意識不明で予断を許さないことを、沢木田に助けを求め願うような哀切を帯びた声で言った。しかしそれから数時間後、沢木田が乗る新幹線が東京に到着した十二時過ぎに、水宮は三十一歳という若さで生涯を閉じていた。

 その日の陽が落ちる前に、沢木田は部下の志麻かおりを連れて今は主のいない水宮の家を訪ね、病院に安置されている遺体を葬儀屋に委ねることに始まる、通夜、葬儀、火葬場からお骨となって自宅に帰ってくるまでの一切の手配を自分に任せてくれるよう、紗代子に申し出た。彼女には喪主として弔問客の応接だけに専念できる環境を作ってやりたかった。紗代子は一瞬目を潤ませると、沢木田の眼を暫くじっと見詰め、お願いしますと、かすれるような声で言った。

 葬儀業者と葬儀場が決まると、沢木田の指示を行動に移す手配主任としてかおりは、その翌日から手帳のメモを覗き見ながら水宮の会社の部下達の役割分担から僧侶との打ち合わせまで的確にこなしつつ、紗代子の質問、疑問に答え、判断に迷うような時だけ沢木田に相談した。かおりを通して実質的な采配は沢木田が振るっていたが、彼は紗代子から五歩も六歩も離れた一定の距離を取り、他の大勢の弔問客に交じりながら目立たない姿を保っていた。意識的にそうしている沢木田の思いを紗代子も肯んじるように、寄り添うかおりの言葉に耳を傾けながら行動を共にしていた。しかし何といっても業界関係者が多いのは当たり前のことで、水宮と沢木田の新商品を巡る二人の関係を知らないものは少なく、彼を見つけると、皆口々に、早すぎるね、残念だったと、沢木田の背に手を添えるようにして言った。

 弔問には一部上場子会社の一部門の部長の葬儀とは思えない大勢の人間が参列した。通夜の祭壇に飾られた生花は、並べきれずに参列者が座る左右の壁に沿って置かれた式台の上にも出入口付近まで並べられた。その数の多さに水宮の部下達には社名の知らない生花もあり、社名による組織と団体名の格付けを沢木田に教えられながら、彼の指示による順番で生花は祭壇に飾られていた。(つづく)