連載小説「午後の点灯式」(第8回)

新製品「FFシート」⑤

 

 「水さんも奥さんもそんなことありません。この商材の良さが何よりもものをいったのです。そして、水さん、あんたの頑張りが皆から認められた結果だよ」

 「それだって、殆ど私は沢木田さんの指示に従って動いていました」

 水宮も紗代子も生真面目な表情を崩さなかった。

 二人の視線に沢木田は戸惑いを感じた。この夫婦は余りに邪気が無さすぎると思った。場の雰囲気を変えるように沢木田は言った。

 「来月からはまた忙しくなる。今度は福岡と札幌だね。商品セミナーの前座の講演、わたしもしっかりやらせてもらうよ」

 六大都市での地元の製作業者を集めての商品説明会も七月までには終了の見通しが立っていた。すでに終えた四大都市では水宮が商品の説明に入る前に、いずれの都市でも沢木田の「屋外広告の現状と将来」と題する講演が一時間行われた。水宮の会社が主催する商品PR会場への人集めの一助だったが、集計されたアンケートの中には沢木田の講演を聞きに来場する業界関係者も少なくなかった。

 水宮は沢木田へのお礼の意味も兼ねて、新聞と雑誌に次々と高額な広告を出稿した。新聞には全五段のカラー広告を月一回の割合で載せ、雑誌も表2広告一年間を買い切り、毎号見開きのカラー広告を加えて出稿した。これらの広告と連動するような形で水宮は毎月のように全国を飛び回っていた。沢木田の紹介状を片手に主要都市での大手製作業者と懇意な仲になるのが目的だった。水宮は帰京した翌日には必ず沢木田に電話を入れ、互いに時間が取れる日は水宮の自宅で報告を聞き、紗代子の手料理でワインが空けられた。沢木田は水宮と紗代子の心温まる会話に触れるにつれ、柔らかなものに包まれるように自分がいつしか癒されていることを知った。紗代子はいつも幸せそうに笑顔を絶やさず沢木田を迎えた。水宮の身体に重い病魔が牙を研ぎ始めていることなど誰もが想像しえないことだった。

 水宮に部長昇格の辞令が降りたのは、商材の販路もほぼ固まり、順調に売り上げを伸ばしながら三年目に入った五月のゴールデンウイークあけだった。しかし水宮は部長の名刺を持つことなく、部長の辞令からわずか五日後に急ぐようにこの世を去って逝った。医者も手の施しようのない進行したすい臓がんだった。前兆はあった。水宮のためにと一肌脱いだ講演が思わぬ反響を呼び、昨年末頃から、地方読者の業界の材料販社から講演依頼が舞い込み、地方出張も含め、四月から五月の中旬にかけて、沢木田の予定が殆ど埋まり、水宮に暫く会えなくなることを伝えるため、三月初めの夕方、沢木田は社の近くの料理屋に水宮を誘い、二人きりで夕食を共にしたが、話を聞いている水宮の手が食にも酒にも伸びず、時折胃の辺りをさすったり、左手で腰部を指圧する素振りを見せ、顔をしかめたのだ。(つづく)