連載小説「午後の点灯式」(第4回)

新製品「FFシート」 ①

 

 「沢さん、わかった。宜しく頼む」

 会社を出ると沢木田が懇意にしている和食の旨い料理店に城川を誘い、カウンターの椅子に座ると調理長が板場の奥から姿を見せた。

 「沢木田さん、新年おめでとうございます。これ、昨年末のクリスマスに一緒にいらしたご婦人の忘れ物だと思いますが、覚えありませんか」

 手に取ると朱色の万年筆で紗代子のものだと直ぐにわかった。

 「そう、あの女性のものだ。私が返しておく」

 「やはりそうでしたか。それにしても沢木田さん、ずいぶんきれいな人とお知り合いですね」

 城川の前で余計なことを言うやつだと、沢木田がいくらか憮然とした表情に変えると、案の定城川が美人の言葉に触発されたように問いかけてきた。

 「沢さん、水宮さんの奥さんとその後会ったりするかい。奥さん、再婚したのかな」

 「水さんが亡くなってまだ今年で二年そこらだよ。再婚は早いだろう」

 「でもあれだけの別嬪さんだ。歳もまだ、三十になったか、ならないかだろう。周りが放っておかないと思うね。水宮さんもさぞ心残りだったろうな」

 沢木田は城川と水宮紗代子を話題にするのはなるべくなら避けたかった。城川からの紗代子に関する言葉に、沢木田はすべてが白々しい嘘に包まれた応じ方になる自分を考えていた。

 

 今はもうこの世にいない水宮雅之もまた沢木田にはかけがえのない業界人の一人だった。生存中の二年を超える仕事上の付き合いは、ほかの誰よりも濃密な関係といえた。

 水宮と初めて会った時のことを沢木田は鮮明に覚えている。

 電光広告の東京事務所の応接室に水宮は、もう六十近い大柄な田賀原の横に細身の体を固くして並んで座っていた。

 田賀原からの紹介の声に水宮は幾分緊張した面持ちで、名刺を出しながら社名と所属部、氏名を少しかん高い声を発するように言った。水宮は企業人なら誰もが知る名の通った大手材料メーカーに連なる販売を専業とする子会社の課長だった。水宮は田賀原に促されると、初めて気が付いたように、屋外の看板面用に新たに開発した自社材料の説明にカタログを広げ、額に汗を浮かべながら滔々と二十分近く休む間もなく語り続けた。聞きながら沢木田は、水宮の汚れのない高度な知性と、その時の真剣な表情に何よりも好感を持った。この日のために事前に練習でもしてきたかのように淀みなく語る水宮の言葉には無駄がなく、沢木田は質問する言葉さえ思い浮かばなかった。この新材料の特性、用途が十分に理解できた。そして業界では久々の新たな専用材料として定着していくだろう、間違いなく売れると沢木田は確信した。(つづく)